《Janus》の制服は何種類かある。
 特に有名なのが特別機動隊特殊課――大抵、特機特課と略される――の物だ。
 特機特課には、〇から三までの四つの班がある。

 住民の避難誘導を主な仕事とする第三班。
 結界を張り、その維持に努める第二班。
 『異怪』を倒した後、界境の歪みを修正する役目を担う第一班。
 そして、《Janus》の代名詞とも言える、『異怪』と戦う立場にある実戦部隊・第〇班。

 それぞれの班で制服は異なり、中でも、第〇班の制服は着る人を選ぶ。
 つまり、誰にでも似合うような、ありふれたデザインではない。
 それが、この人の為だけに作られたかの様に、しっくりと合う。





「僕の名前は、峰月 玄(ミネヅキ シズカ)
 ――国際異界境警備機構アジア 日本統括本部界境警備部特別機動隊特殊課第〇班の副班長を務めている。」





 舌を噛みそうな、漢字だらけだろう台詞を、さらっと放つ。

 ああ、やっぱり。
 紫は、何故か、そう思った。
 こちらへ歩いて来る姿から、どうしても目を外せない。





 尊敬と畏怖の象徴。

 生暖かい風に翻る、黒の合成皮のロングコート。








                act.00 青い空の下、君と出逢う。 2








 ドスン、





 大きな何かが落ちる音。
 直後、

『峰月、何してる!?』

 腕時計に仕込まれているらしい通信機から響いた声に、紫は我にかえった。


 歪、
 異怪、


 現在の状況を思い出し、血の気が引く。

 足元が揺れた。
 そして、浮遊感。
 地面が無い。
 コンクリートの屋上が、どんどんと下に遠ざかる。

(落ちるッ)

 脳裏に、来週行くはずだったプールや、冷凍庫の中の季節限定アイスやらが駆け巡った。
 今、死んだら、間違いなく化けて出る。

 投身自殺する人は、地面にぶつかる前にショック死すると言うけれど。
 それはこんな気分なのかと。

 固く目を瞑る。

 その腕を。
 不意に掴まれ、重力とは逆の方向に引かれた。

 慌てて目を開く。
 腰に手を回され、紫は声にならない声を上げた。
 その声に、玄は一瞥をくれ、崩れ落ちるコンクリート塊を蹴り、飛び上がる。

 上空から見下ろし、異怪の姿を確認。
 地球上の生物と似た所を並べるのなら。

 鹿の角を持つ羊の頭に、犬の体。
 鱗が付いた蛙の前足と、カンガルーの後足。
 尾は蛇。

 その、あまりにもグロテスクな姿。

 玄が少し離れたビルの屋上に着地すると、同じ特機特課〇班の制服を着た人が駆け寄って来た。
 膝の裏に腕をおいて片腕で抱き上げられた格好の紫は、肩越しに見える、一歩ごとにアスファルトを陥没させながら近付く異怪から、思わず目を背ける。

「や。伊澤」

「何だ、ソレ」

 伊澤――伊澤 拡(イザワ ヒロム)は、玄に抱えられた紫を指差した。

「逃げ遅れみたいだね。先刻潰されたヤツの屋上に居たんだよ」

「はぁ? 逃げ遅れって……三班、何やってんだよ、…っとにもー……」

 余裕なのか、何なのか、場違いなほど暢気に聞こえる会話に、紫は少し気が解れた。
 知らず掴んでいた玄の制服から、そろりと手を離すと、爪が当たっていた部分に傷が付いている。
 知らない振りをしておこう決め、下ろしてくださいと頼むと、玄は少し残念そうな顔をした。
 役得〜とか思ってただろ、と、言われ、即座に肯定するのを聞いて、紫は問答無用で彼を自分から引き剥がす。
 地面に着地すると、大急ぎで二、三歩離れた。

「あ」


 足元に、また影。



「危ないッ!!!!」

 左側から、何かが飛んで来るのを、視界の端に捉える。
 背中から何かに押されて倒れ込む、その上を、人の頭大の物が音を上げて飛び去った。
 紫の代わりにソレが当たった隣のビルは、一瞬揺れて、轟音と共に崩れだした。

 後ろから押し倒す格好で紫を助けた玄は、引き摺り上げる様に立たせると、軽く舌打ちした。

 一般的に、多種の生物が混合された外見を持つ異怪の方が弱いとされているので、そこから考えると、この異怪はさして強くはないはずだ。
 しかし、中には当て嵌まらないモノも居る。
 今回は、正しくそのケース。

 パリ、と、足元で起きた火花。
 玄に掴まれたままの左腕に、力が込められ、紫は顔をしかめる。

「――犬、羊、鹿、蛇、……全十八種――異種混合型三種、中の上」

 風の音にも掻き消される、微かな声。
 左の中指で眼鏡を押し上げ、玄が僅かに笑う。











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