落下防止の為の金網が音を立てて弾けた。



 ぽっかりと、初めから何も無かったかのように跡形も無く、空間が開く。
 そして、何も無い空中に、先が鋭く尖った金属の杭。
 それが何かを確かめる間もなく、異怪に向かい殺到する。
 立て続けに、背後のコンクリート、隣のビルの窓ガラス、看板広告……。

 次々と消えては、形を変えて現れ、後退る異怪へ凶器となって飛んで行く。
 大半は叩き落されたが、何本かは腕や足に当たっていた。

(コレ、『能力』……!?)


 1999年7月以降に生まれた者には、大小の差はあるが何らかの特殊能力を持つ者が少なくない。
 だとしても、これは。

 紫のすぐ横に、弾かれたガラス柱が突き刺さった。
 よく見ると、所々にコンクリートを混ぜ込んだガラスは、先が金属に覆われている。

 物を飛ばすのは、念動力。
 では、元々ある物を、一度崩し別の形へと作り直すのは。

(――物体の再構成?)

「火が点くもの、何か持ってない?」

 そう、余裕の笑みで拡に尋ねた玄は、投げつけられたキャビンのボックスと百円ライターを眼前でキャッチした。
 取り出した一本に火を点け、煙に顔をしかめる。

「じゃ。離れててね」

 主に、紫に向かってそう言うと、人差し指と中指に挟んだ煙草を、肩の高さで軽く振った。




 チリ、




 小さく、何かの焼ける音。




 そして、轟音と爆風。




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「大気中の水分を、酸素と水素に分解。酸素は飛ばして、水素を誘導、煙草で引火」
 ドカンといくまでの過程をかいつまんで話すと、以上。

 紫には、黒く焦げたコンクリートだけが残るその場所を、呆然と見るしかない。

 中学校の理科の実験で、水素に火を点ける、とかいうのをやった。
 ゴム栓でフタをした試験管に入れられた水素は、線香の火でポンと弾けた。
 それを、ふと思い出す。

 水分を、酸素と水素に分解。
 消えた金網。
 コンクリートの地面。
 隣のビルの窓ガラス。

 玄は、何でもないかの様な口調でさらっと言ったが、こんな事が出来る人など、世界中を探しても片手の指で足りるだろう。

 どんなに些細な事しか出来ないとしても、必ずSランク――戸籍を持つ者は年に一度、専門機関で定期検査を受け、S(Special。飛びぬけて凄い力、他に類を見ない珍しい力を持つ者)、A〜I、N(No ability。特殊な能力を持たない者。一番多い)の十一段階に分けられる――の能力者として登録される力。

 「原子の操作……?」

 一日中影から監視されながら好きな進路を進むか、国際異界境警備機構に入り身を危険に曝すか。
 どちらにしろ、能力制御装置を着け、毎月カウンセラーにかかり、精神鑑定まで受けなければならない。


 万が一、その力を悪用された時に、対処の仕様が無い。
 強大すぎる力は精神に負担をかけるから、と、建前を振りかざす。



「そーゆーコトだね」



 何でもない事のように、さらりと言い放つ姿に、何とも言い様のない感情を覚える。

(この人……)


 紫が何か言おうと口を開いたのを狙い済ましたかのように、ゆらりと、空間が揺れた。
 一瞬の目眩と不快感に彼女が眉を寄せると、玄が微かに笑った。

「結界が解かれたんだよ。しばらく、検査やら何やらで時間を取らせる事になると思うけど、大丈夫かな?」

「検査やら何やら……ですか?」

「一応、異怪を通して異界との接触があった訳だから、異常はないかとか、今回の件が変にストレスになりはしないか、とかをね」

 検査。
 きっと、単なる健康診断とかじゃなくて、精神鑑定とかも入ってるんだろうな。
 あと、異怪と接触したら『能力』が高くなる人もいるって聞いたから、そっちも調べそう。





 病院――というよりも、医者――が嫌いな紫は、深く溜め息を吐いて空を仰いだ。








                act.00 青い空の下、君と出逢う。 3








 闇の中、声が囁く。





 自らの脅威に成り得る者を目の届く範囲で把握し、形だけでも従えておかなければ不安でどうしようもない様な狭小な人間共の事など、放っておけば良いだけ。

 周囲でどれ程五月蝿く、煩わしかろうが。

 こちらが望めば一瞬で終わる事を思い知らせれば、それで済む。



 それだけだろう?
 間違った事、言ってるか?






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 そうして、春。
 尊敬と畏怖の象徴に身を包む。








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