1999年、7月。
 界境の歪と、異怪の姿を確認。史上初。

 2000年、1月。
 国際異界境警備機構、発足。

 それに伴う、専門の研究機関の設立や観測機器の開発、外界との接触により、『地球』を含め、八つの平行軸世界がある事が判明する。


  第一界  『ディスカ』
  第二界  『夜魔』
  第三界  『地球』
  第四界  『ミリオル・ヴァルオラ』
  第五界  『梁慶』
  第六界  『アーガイス』
  第七界  『魅堂』
  第八界  『ファンダルク』


 地球とは異なる環境と生態系。
 『地球』を除く七つの世界を、総称して『異界』と呼ぶ。
 その異界から、界境を越えてやって来る、生命体『異怪』。
 その異怪に対応し、対処し、害有らば始末する。
 それが、国際異界境警備機構の仕事である。


 国際異界境警備機構。
 International Security Organization of the Different world Boundary.

 略称は、ISODB。
 しかし、この略称を使う者は、ニュース番組のアナウンサー以外には殆ど居ない。
 古代ローマの、門・戸口の守護神ヤヌスになぞらえ、圧倒的大多数はこう呼ぶ。

 《Janus》

 と。







                act.00 青い空の下、君と出逢う。 1








 界境の揺らぎや歪(ゆが)みを観測し、異怪が出現する兆候が現れれば、当該区域には避難警報が出される。
 その地域の住民の避難が確認された時点で、各都道府県及び東京湾、大阪湾、瀬戸内海、東シナ海等を縦横約五〜二〇に区切った区域の境に沿って結界が張られる。


 《Janus》の結界は優れもので、一度結界を張ってしまうと、内部は完全に独立した位相空間になる。
 中でどれだけ大暴れして、東京タワーを圧し折ろうが、国会議事堂を塵と化そうが、結界を解いてしまえば元の通りの世界が広がっている。


 しかし、やはりと言うか、何と言うか、そのスグレモノにも問題点はある。
 原因や要因が解らず、改良に改良を重ねても改善されない、最大の問題。
 範囲内に居る生物――動物や人間――は、結界内に取り込まれてしまう、というモノだ。


 医療福祉施設や避難シェルターには、結界範囲内から除くよう特殊な装置を設置してあるが、それら施設の外に居る者は別だ。
 そのような事態にならない様、厳重な注意を怠らず、結界が導入された2041年3月から約17年、結界内に一般人が巻き込まれ、多少なりと怪我を負ったことは両手の指で足りる程しかない。




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 尾幡 紫(オノハタ ユカリ)は、ビルの屋上で昼寝をしていた。
 夏のキツイ陽射しを避けて、貯水タンクの影に仰向けに寝転び、耳にはヘッドホン。
 緩やかなテンポの曲が、唐突に途切れ、目を開く。

 電池切れ。

 軽く溜息を吐き、現実へと戻るべく、体を起こした。
 夕立でも来るのか、少し涼しくなった風に、鎖骨の辺りで揃えた髪が揺れる。

 ヘッドホンを外し、様子がおかしい事に気付いた。
 あまりにも、静か。
 慌ててフェンスに噛り付き、下を覗き込む。


 人気が無い。


(――もしかしなくても、避難警報、出た……?)

 いくら、TD (Terabyte Disc) を聴きながら寝ていたとは言え、大音量で流れる警報に気が付かないなんて。
 未だ、昼間。
 街に溢れ帰っているはずの人影は、全く見当たらない。
 皆、近場のシェルターに逃げ込んでいるのだ。

 紫を除いて。


 避難警報が出たのなら、界境の歪が出来ているはず。
 そこから離れる方向に逃げれば、何とかなるかも、と、地面との間から入道雲が立ち昇る空を、ぐるっと見回した。

 太陽の位置から、東と思われる方向。
 冷や汗と共に、思わず半笑いが浮かぶほどに近く。




 空の一部が、まるで適当に手で千切った千代紙を貼り付けた様に色が変わっている。
 ひどく、抜けるように青い空に、その部分だけが浮いて見えた。








 歪だ。








 それも、ばっくりと開いて、いつ異怪が出てきても、可笑しくない状態。

「あ゛ーーーーーッ もう、」

 紫は、ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜ、頭を抱えて蹲る。
 狭い路地裏とか、植え込みの影とか、地下鉄のホームとか。
 とにかく、見つかり難そうな所に逃げようと、立ち上がって屋上出入り口の扉を目指す。




 一歩を踏み出した、その足元。




 自分の物ではない、影が一つ。




「へ……?」




 漫画にでも出てきそうな軍服にも似た、黒い合成皮のロングコートを翻し。
 その人は、紫の前に降り立った。

 目が合って、在り得ないモノを見たかの様に、驚いた顔をされた。


 年は、恐らく紫より四、五歳上、二十歳くらい。
 190cmを越すだろう長身、黒いサラサラの髪。
 少し細めのフレーム無しの眼鏡を架けている、顔は間違いなく美形。
 格好良いと言うよりも、綺麗、という言葉がぴたりと当て嵌まった。
 冬の湖の氷の、割れた先の様な、冷たく透き通った印象。


 数瞬、歪を見やってから、紫の方に体ごと向き直る。
 軽く握った右手の親指の側を、左胸に付ける様に持ってくる、《Janus》式の敬礼を施して、

「逃げ遅れ、かな?」

 と。
 意地の悪い笑みを浮かべた。













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