ばちん、ぶつん。

「あ゛」














 深夜、人の少ない室内に響く音。
 直後、部屋の電気が一斉に落ちた。
 照明だけでなく、パソコンも、コピー機も、電話も、電化製品全てが。
 しかし、出入り口のドアに嵌められた摺りガラスから入る廊下の明かりは点いたまま。

「だーもうまた峰月かよー」

 特機特課〇班副班長、峰月 玄。特技は電化製品を一時的に故障させる事。
 普段から、偶にこういう事はあるものの、ここまで凄まじいのは珍しい。
 誰かが吐いた悪態に、ガタガタと、雑多な音が重なる。

「っ冷てぇ!! 何だよコレ」

「ああ、悪い、オレがジュースぶちまけた」

「アイタッ 足踏まないで下さいよ!!!」

 目を凝らすと僅かに物の輪郭が判る、その程度にしか視界が利かなくなってしまった室内に、只ならぬ雰囲気が漂い始めた。
 そして、消えた時と同じように、突然に、光が戻る。


 その間、約二十秒。

 ほっとした空気が流れ、直後、皆の視線が一斉に、一人に注がれる。
 渦中の人物は、椅子に座り、パソコンの電源を入れようとスイッチに指を当てたその状態で、動きを止めている。

「みーねーづーきーーーー」

 地の底から響くかの如きその声音に、ゆっくりと電源スイッチから指を離し、静かに微笑む。

「今日は、運が悪かったね」

「じゃ、ねぇ!!!! 二時間かけて書き上げた報告書がパーになっただろ!!!!」

 バン、と机を叩いて、元凶となった玄に指を突き付けるのは、矢納 公平。
 その横で、矢納が零したオレンジジュースが足にかかり、文句を言いながらティッシュでズボンを拭っているのが、原 慶一郎。
 更にその横、不運にも初の夜勤で災難に巡り会い、原に踏まれた足を抱え涙目になっている、森 弘貴。
 玄の隣りの席で、お茶飲む人いますか、と声をかける、尾幡 紫。


 この四人プラス玄で、計五人。
 これが、本日の夜勤メンバーである。
















≪Janus≫特機特課〇班の、日常的生活。
(電化製品の壊し方篇)
















 コーヒーの入った湯気の立つカップをそれぞれに渡し、自分も一息吐いた後、紫はパソコンを立ち上げた。
 先程、強制的に電源が落とされた為、自動的に始まった自己検診が終わるのをぼんやりと待ち、インターネットに繋げる。
 通常の勤務時間内だと班長が五月蝿いが、日付が変わったばかりのこんな時間、出動がかからなければ他にやる事もない。
 某検索サイトから、適当にカテゴリを物色し、気が向いたサイトを回る。
 暇な事に変わりはないが、時間を潰すには丁度良い。
 ふと、隣りを見ると、玄が真っ黒なディスプレイを睨んで、腕を組んでいる。

「何、してるんですか」

「電源入れたら、また停電するかなと思って」

「代わりに、電源入れましょうか?」

「うーん……。今日は、電気で動くものには触らない方が良さそうな気がするんだよね」

 本気で考え込みだしそうな雰囲気で、口元に手をやる。

「何か電波出してるんだろ。手とか、色んな所から」

 ずずず、とコーヒーを啜りながら、慶一郎が会話に加わる。
 その左隣りでは公平が、驚くべきスピードでキーボードを叩き、先程オシャカになった報告書を再び完成させていく。
 右隣りの弘貴は、うつ伏せになって睡眠モードに入っている。

「今年だけでも、こないだのコピー機だろ、ポット、電話、エレベーター、ファックス、電気のスイッチ、……」

 一つ一つ、過去に玄が壊した物を挙げていき、指を折る。
 それは片手に収まらず、左右両手を二週半して止まる。
 今は、六月初め。
 約百六十日で二十五回。
 ほぼ、週一回のペースである。

「そう言えば、去年より頻度が高くなってますね」

「そうかな」

 結局、紫が電源を入れ、起動画面で要求されたパスワードを、右手を伸ばして人差し指だけで打ち込んで、エンターキーを弾く。
 手持ち無沙汰になった玄は、何を思ったか、紫のパソコンのキーボードの、スペースキーを押した。




 ぶち。




 伊豆の温泉旅館一覧を表示していた筈の液晶ディスプレイは、濃灰色一色になり、パソコン本体から聞こえていた低い稼動音は、ぴたりと止んだ。

「何をっ」

 顔色をやや悪くして振り返る紫を、手を上げて制止し、今度は、自らのパソコンで、何もない場所でマウスを左クリック。




 ぶつッ





 起動したばかりのパソコンは、二分もしない内にまた電源が落ちた。

「……」

「……」

「何か、ここまで嫌われると意地でも使いたくなってくるね」

「そうですか……」

 こちらは点いたままだったディスプレイを消して、紫はがっくりと項垂れる。
 今日の玄は、電化製品との相性がかつて無い程良くないらしい。
 意地になるのは構わないが、これ以上に被害が広まるのは勘弁してもらいたい。
 当の本人は、

「オレが報告書書き終わるまで電化製品に触るな」

 と、少し離れた席から飛んで来る言葉に、軽く口元を緩め、温くなったコーヒーに口を付ける。

「やだ。」

 空になったカップを、机上に戻し、意地悪げに微笑う。
 電源に伸ばされた指が、スイッチを押す。


 ビーッ


 ビープ音が鳴った。
 が、パソコンは起動しない。

「あれ」

「ついに壊れたか?」






 バチッ






 暗転。

「ぎゃーーーーーーーーーーッ」

 また、一斉に部屋の電気が落ちた。
 直後に響く、公平の悲鳴、と言うか、奇声。
 紫は、部屋の端に置かれた懐中電灯を点け、取り敢えずの視界を確保する。

「峰月ッ お前、オレに何か恨みでも有んのか?!!」

 椅子を蹴倒し、立ち上がり、大股で玄に詰め寄る。

「あはは。まさか」

 ギリギリと襟元を締め上げられているというのに、全く意に介さず、いつもの調子で返事を返す。

「どっちかって言うと、原さんの方が――」

「俺が何したよ」

「かれこれ、合計でニ十万程貸してるけど、一円も戻って来てないんだよね」

なモン、忘れろ!!!!」

「ところで、苦しいから、いい加減放して欲しいんだけど」



 三人を、離れた位置から眺めやり、深々と溜息を吐く。
 そして、この騒ぎの中、変わらずに眠り続ける弘貴に、感心を通り越して呆れる。
 手の中で懐中電灯を玩んでいた紫は、ふと思い立って、玄に声を掛けた。

「峰月さん、ちょっと、懐中電灯持っていてもらえませんか」

 電球が付いているのとは逆、持ち手の方を向け、玄に差し出す。
 これの電池は、今月に入って換えたばかり。

「? 別に構わないよ」

 そう言って、未だ締め上げられたまま――多少は緩まっているようではある――、懐中電灯を手に取る。









 ぷつん








 微かな音を立て、玄の手の中、懐中電灯は光を消した。
















 その直後、再び部屋に電気が通った。






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