ここは、≪Janus≫の代名詞とも言われる花形部署。
 しかし、ここの人達は何かと謎が多い。

 そこで、俺は考えた。


 2079年5月13日。

 天気:晴れ。

 今日は、国際異界境警備機構アジア 日本統括本部(関東本部、東京都本部を兼ねる)界境警備部特別機動隊特殊課第〇班の観察をしてみようと思う。











 ≪Janus≫特機特課〇班の、日常的生活。
 (〇班観察日記より。篇)











 申し遅れました。
 俺は、森 弘貴(モリ ヒロタカ)
 今月付けで、特機特課〇班に所属になった新人でス。








 8:21。
 俺が出勤。
 部屋に入ると、早勤の人が居て、その内の何人かが眠そうに大欠伸してた。

「おはようございます。」

 タイムカード押してから、挨拶したら、もうそんな時間かーって声が飛んでくる。
 いつもの事だ。
 俺はまだ経験が少ないから、人が少ない夜勤(21時〜翌6時)とか早朝勤(6時〜12時)とかはやらない。
 大体、通常勤(8時30分〜17時30分)か、遅勤(12時〜21時)だ。
 今日は、8:30出の通常勤。

 俺は、入ってすぐにある自分の席に着く。
 適当にごそごそやってると、部屋の外から、何か声が聞こえてきた。

 現在時刻、8:28。

 声は段々と近付いてくる。

「だから、もう、いい加減離れて下さいってば!!」

 そんな叫び声と共に、ばん、と扉が開く。

 特機特課〇班の紅二点の片割れ。尾幡 紫(オノハタ ユカリ)さんだ。
 長い黒髪と、黒い目で、かなりの美人。俺より一つ年上の19歳。
 俺が入るまでは、〇班で一番キャリアが短かった(それでも、3年はやってると言う)。

 紫さん(名前で呼んで良いと言ってくれたのでこう呼ぶ)は、首から何かをぶら下げていた。
 人の腕だ。
 って言うか、峰月副班長だ。

 特機特課〇班副班長、峰月 玄(ミネヅキ シズカ)さん。
 黒髪黒瞳の、超がいくつも付きそうな美形。確か23歳で勤務7年目。
 男の俺が見ても格好良いと思うのだから、女の人からしたらかなりだろう。
 ただ、時々、冷たいって言うか、厳しいって言うか、何か冬っぽいイメージの人だ。

 峰月副班長は、どうやら紫さんの事が好きらしい。
 一日一回、多ければそれ以上、必ず、抱きついている。
 セクハラではと思うのだが、昔からの事らしく、班長も班員も何も言わない。
 むしろ、副班長が紫さんに抱きつかなかったら、彼の体調を心配する程だ。
 紫さんも、文句は言うが、何が何でもやめて欲しいというようには見えない。
 弱味でも握られているのか、美形が得なのか。


 それはともかく、二人は夜勤で、勤務時間終了まであと1時間という5時頃にあった出動から戻ったばかりだそうで、報告書面倒だなーと、副班長がぼやいた。
 出動中に勤務時間が終わるというのは偶にあるらしく、こういう場合は、報告書を提出するまで帰れない。








 そんなこんなで9:06。

 報告書を提出し終わった峰月副班長と紫さんが帰宅。
 副班長が、どっかで朝食でも食べてこうかと誘ってた。
 会話の途中で出てってしまったのでどうなったかは判らないが、最後に副班長が「奢るよ?」というような事を言っていたのが聞こえたから、多分食べにいったんだろう。
 紫さんは、色々と苦労をしているらしく、他人が奢ってくれると言うのを、滅多に断らない。
 と、前に誰かが言っていた。








 特に何事もなく、12:00。

 早朝勤の人が帰り、遅勤の人が来る。
 それ以外は、13時まで昼休憩になる。
 うーむ。今日は店屋物にするか。
 この間、安居班長が食べてた笊蕎麦、美味しそうだったしな。








 あっという間に13:14。

 特機特課の他の班がどうなのかは知らないが、この〇班は実戦部隊な分、平常時にはやる事があまりない。
 ジムで体を鍛える事もできるが、俺はマッチョにはなりたくない。


 副班長が居ないと平和だという事が、最近分かってきた。
 あの人は、何だかんだで結構厄介事を起こすらしい。
 この間も、何をどうやったのかコピー機から黒煙を吐き出させ、煙探知機を鳴らしていた。
 しかし、そのコピー機は、異常個所も特になく、今も正常に動作している。
 そして、安居班長が、机の引き出しに胃に効く漢方薬を常備している事を知った。








 昼寝がしたくなってきた14:33。

 目立たない位置に設置されたスピーカーから、女の人の声が流れた。
 出動要請だ。





 《Janus》では、場所の指定は、各都道府県及び東京湾、大阪湾、瀬戸内海、東シナ海等を縦横約5〜20に区切った区域単位で行う。
 建物などの損壊を防ぐ為の結界は、この区域の境に沿って張る。
 特機特課は、〇班以外は5・6区域毎に派出所のようなものを設置して、そこに待機している。
 地方本部や都道府県本部、その他各支部にいる特機特課は〇班だけ。
 中でも東京は、世界から見ても界境の歪みの多発地区で、関東本部と東京都本部を兼ねる日本統括本部の特機特課〇班には、日本各地から実力者が集まっている。





 とりあえず、この辺は基本らしい。
 実の所、俺はよく分かってない。
 今言ったのは、全部高坂さんから聞いた事。
 高坂さんは、高坂 黄(コウサカ カツミ)という名前で、紫さんと同期に入った人だ。
 俺の新人教育を担当してくれている。
 確か、21歳で、今年1歳になる娘がいると、写真を見せてもらったことがある。
 高坂さんは、峰月副班長と互角の美形(でも、副班長とは違って、春っぽい感じの人だ)だけど、奥さんも美人で、それを言ったら、まだ奥さんじゃないと言われた。
 副班長が、「良家の御曹司だからね。」とか訳の分からない事を言っていたが、要するに何か色々と事情があるんだと言う事らしい。

 どうでも良いけど、ここは無意味に美形度が高い。
 そして、色んな意味で凄い人が多い。

 出動は、伊澤さん、原さん、真鍋さんが行った。
 今日は高坂さんが居なくて、面倒を見てくれる人が居ないから、俺は出動しない。

 部屋を出て行って少ししてから、3人がビルの屋上を飛び渡って行くのが見えた。
 ビルの屋上を渡るのは、見晴らしも良くて、結構気持ち良い。
 俺はまだ、2回しか出動をした事がない。
 高坂さんに言わせると、出動しても『疲れるだけ』だそうだが、俺は、ビルの屋上を飛んでいくのが楽しみで仕方ない。
 それを言ったら、そんなの初めだけよ、と、紫さんに言われた。








 居眠りをこいて、パソコンのディスプレイに頭をぶつけた17:43。

 恥ずかしくて慌てて周りを見るが、室内には、俺以外、誰一人として居ない。
 あ。もう、勤務時間終わってら。
 しばらく、誰も居ないけど、もう帰っても良いのかなーと、ぼけーっとしていると、いきなりガチャッと扉が開いた。
 人が近付いてくる気配が全くなかったから、驚いて、思わず立ち上がる。
 椅子が、派手な音を立てて後ろに倒れた。
 下に車輪の付いた、座る所がグルグル回るヤツ(この椅子、何て言うんだろう)で、その車輪の部分が、引っ掛かって、一緒に俺までこけた。
 後頭部と腰と、その他数箇所を打って、あまりの痛さに、声も出ずに蹲る。

「大丈夫……?」

 そう言って、扉の前に立てられた衝立から顔を出したのは、紫さんだった。
 後ろに、峰月副班長も居る。

 ああ。もう。
 ヤだな。
 みっともない所を見られてしまった。

 紫さんは、俺の所まで来て、打った後頭部を診てくれたが、副班長は、くす。とか擬音語が付いても可笑しくない笑みを浮かべて、班員各々の予定が書いてあるホワイトボードの方に行った。
 何か、こう。
 副班長に、言動の端々で馬鹿にされてる気がするのは、俺の気にしすぎだろうか。

「紫、班長、会議中だってさ。」

 そうか。班長は会議か……。
 副班長は、いつも掛けてる細い銀のフレームの眼鏡じゃなくて、フレーム無しの、ツルから鎖が伸びてるのを掛けてて、こっちを振り返ったら、その細い鎖がが小さく音を立てた。

「あー……そっか。今日って、月例会議の日でしたっけ。」

 この人達は、何をしに来たんだろう。
 てか、今まで一緒だったのか……?

「班長に、用事が有ったんですか?」

 俺は、恐る恐る訊いた。
 何だか、副班長の機嫌があまり良くないみたいだ。
 放つオーラが。
 気配が。
 酷く冷たい。

 何で紫さんは平気なんだ…っ!?

「うん。ちょっと、渡し忘れたものがあって。」

 副班長の不機嫌なオーラなんぞ、全く意に介さない様子でそう言う。
 よいしょ、と掛け声を掛けて椅子を起こしてくれて、その上、どうぞ、と椅子を引いてくれた。
 そして、また、副班長の周囲が、氷点下に近付く。
 比喩でも何でもなく、現実に、床に霜が降りている。
 どういう理由からだか判らないけど、峰月副班長には20を超す『守手』――自ら申し出たり、戦闘の末に捕らえて従わせたりして、その力を貸す(貸させる)『異怪』の事――が居て、多分その内の1人(と、数えて良いものか)が、副班長の機嫌に感応してやってるんだと思う。
 この20という数は、『守手』は4人付けば多い方だ、と言われている事からすれば、驚異的だ。
 紫さんには12人、高坂さんには7人の『守手』が付いている。
 2人とも、世界的に見ても上位に入る『守手』の数らしい。





 あ。
 そうか。
 つらつらと、『守手』の事なんか考えてたら、ふっと、判った。
 副班長が、不機嫌な理由。
 俺に対しての態度が、よくよく気を付けていないと判らない程微妙に冷たい理由。





 紫さんが俺に構うからだ。
 紫さんにとって、初めての後輩で、初めての年下の同僚だから、色々とよくしてくれる。
 それが、気に喰わないんだ。

 つまり、要するに、俺に妬いてた……?
 あの副班長が!!?





 青少年の青春みたいだな。
 そんな事を思ったのがバレたら、後で酷い目に負わされる事、間違いない。





「ところで、どうして2人一緒なんですか?」

 何となく気になっていた事を、さらっと口にしただけのつもりだった。
 でも、紫さんは、

「え……?」

 と言ったきり、黙り込んでしまう。
 しかも、心なしか、目線が泳いでるような。
 副班長を見たら、目が合って、また、くす。と笑った。
 でも、その目は全く笑ってなくて、

「やっぱ、何でもないです!!」

 俺は、反射的にそう叫んでいた。











 峰月副班長は、間違いなく、特機特課〇班で、最強で、最恐だ。

 そして2人の関係はやっぱり謎だ。











 2079年5月13日。

 天気:晴れ。

 今日は、国際異界境警備機構アジア 日本統括本部(関東本部、東京都本部を兼ねる)界境警備部特別機動隊特殊課第〇班の観察をしてみようと思ったが、大した成果は得られなかった。





 何て言うか。

 峰月副班長と、紫さんの観察……?






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