目が覚めると、窓の外は夕焼けで。

ブラインドの隙間から差し込む光が。

とても眩しかった。














 仮眠室の窓側1番奥のベッド。
 そこは、国際異界境警備機構 通称≪Janus≫の代名詞、界境警備部特別機動隊特殊課第〇班――大抵、特機特課〇班と略される――紅二点の片割れ、尾幡 紫(オノハタ ユカリ)の特等席だ。

 遅番・夜勤・早番・残業。

 "勤務時間"や"シフト"等という言葉が通用しないこの≪Janus≫特機特課〇班では、出動後の仮眠が認められている。
 ≪Janus≫の花形部署とも言われる此処は、とてつもない重労働を強いられるのだ。







 
 現在確認されている、地球を囲む7つの平行軸世界『異界』。
 その『異界』から、界境を越えてやって来る、生命体『異怪』。
 その『異怪』に対応し、対処し、害有らば始末する。
 それが、≪Janus≫の仕事である。

 特機特課〇班は、この内の"始末する"の部分を受け持っている。

 『異怪』に対抗する為に、『異怪』と戦う。
 その為に、何らかの特殊能力、所謂、超能力と呼ばれる力を持つものも少なくない。
 また、自ら名乗り出たり、戦闘の末捕らえて従わせた『異怪』を、『守手』という護衛のような役目に就ける者も居る。
 『守手』は、1人も付かない事もあれば、10人付く事もある。
 『異怪』にも好みがあるらしく、しかし、その基準は彼等にしか判らない。











 紫は、まだ覚め切らない頭でブラインド越しの空を見やった。
 夕方の橙色の光が、低い角度から差し込んでくる。

(――夕方……?)

「!!!!」

 紫は、慌てて腕時計で時間を確認し、布団から飛び起きた。
 仮眠室に行って来ますと部屋を出たのが、昼休憩の時間だ。
 班長が店屋物の笊蕎麦を食べていたので間違いない。
 現在の時刻は、18時を僅かに過ぎた辺り。

(うわ。ちょっと、本当にヤバ……)

 仮眠は、2時間程度までなら何も言われない。
 だからと言って、何時間も眠っていても良いという訳ではない。
 あまり長い間眠っていると、知らないところで何時の間にか給料が減らされてしまう。
 そしてそれは、兄姉(無駄使いしまくり)・弟3人の生活費を稼ぐ身である紫にとって、かなりキツイ。

(えーっとっ。確か、仮眠室に入ったのが13時前のはず。)

 5時間近くも眠ってしまった。
 これでは、仮眠ではなく睡眠だ。
 廊下を走りながら(規則違反)、紫は制服を整える。




 
 も う だ め だ 。





 特機特課〇班に当てられた部屋の扉を開けた時、本能でそう悟った。

 そこには、彼女に軽く説教をする筈の班長・安居 明良(ヤスイ アキラ)の姿はなく、班員が4人。
 目が合った、峰月 玄(ミネヅキ シズカ)副班長殿は、端に書類が積まれた机の上に足を乗せるなどという、何とも行儀の悪い格好で、笑みを浮かべた。











 ≪Janus≫特機特課〇班の、日常的生活。(ユカリ寝坊篇)











「オハヨウゴザイマス。」

 恐る恐る声をかける紫には、玄がとても機嫌が良いように見えた。
 側から見てこの上なく上機嫌な玄は、とてつもなく不機嫌か、本当に機嫌が良いかのどちらかだ。
 そして、圧倒的に前者が多い。
 その玄が、微笑っている。
 いつものデビル・スマイルではなく、にこりと。
 外見だけ見ると、頭に"超絶"の付く美形の、「これで騙される婦女子は後を絶たない」と言われる、微笑み。
 但しこの場合、絶対零度の。
 背後に、どす黒いオーラを漂わせながら。

「おはよう。」

 と。一言。
 その瞬間、室内の空気が凍り付いた。





「あの、班長は……?」

 紫は、自分の席――運の悪い事に玄の隣りだ――に座りながら安居班長の机を見た。
 滅多に空席になる事のないその席に、誰も居ない。
 選りによって、今日、この日、この時に。

(安居班長が居たら、峰月さん自重して意地悪しないのにっ)

 そんな事を心の中でぼやいても、居ないものは仕方がない。

「班長は、1時間くらい前に、おっさんに呼ばれて出てった。」

 返事のない玄に代わり、彼女の正面に陣取る、高坂 黄(コウサカ カツミ)が、答える。
 "おっさん"とは、特機特課が所属する界境警備部の部長の事だ。
 何やら詳しい由来のある呼び方らしいが、如何せん紫の入る前なので、彼女も、同期の黄もよくは知らない。

「おっさんに……それはまた、珍しい。」





 界境警備部の部長は、初めから幹部候補として入ってきた者で、現場を殆んど知らない。
 よって、あまり特機特課に口出しをする事がない。
 あるとすれば、「経費を落とせ」だの、「超過勤務はさせるな」だの、そういう費用に関する小言ばかりだ。
 あとは、新人が配属される時くらいだが、これは他部署はともかく特機特課〇班には滅多にない。
 現に、3年前に紫と黄が入ってから、ここに新人は来ていない。





「新人、来るんだって。」

 20余名を数える班員の中で、紫と共に"特機特課〇班の紅二点"と呼ばれるその片割れ、眞鍋 榮(マナベ サカエ)が、淹れたてのインスタントコーヒーを啜りながら口を挟んだ。
 緩くウェーブのかかった茶色い髪が、肩の辺りで揺れている。

「新人来るんですか、うちに!?」

 紫にとっては初めての後輩で、何やら嬉しくなってしまう。
 玄とは反対側の隣りに座る榮と、しばらくその話題で盛り上がる。





 気が付くと、早くも30分近くが経過していて。





 紫の首に、後ろから。
 玄の腕が回された。








「なっななな何をしますかあなたはーーーっ!!?」

 あまりの突発的出来事に、紫は赤面しながら、数瞬の間の後にどもって叫んだ。
 その目の前で、榮が、あらまぁ仕様がないわねえとでも言いたげな顔をする。
 玄が紫に抱き付くのなど、最早日常茶飯事で、日課となっている。
 当初は一々注意をしていても、今となってはもう何も言う気にならないらしい。
 何時までも真っ赤になって慌てるのは紫だけだ。

「何って。紫に抱き付いてるんだけど。」





 さらっと。
 当然の事の様に言い放つ。





「離れて下さい、今すぐにっ」

「ヤ。」


 まるで駄々っ子の様に反抗する。
 必死で腕を剥がそうとする紫に、玄は益々力を込めて抱き付いた。
 すると彼女は、更に顔を赤くしてもがく。
 これもいつもの事だ。

「うわ。もう。紫、可愛い。」

 耳元で囁く。
 心地好く響くバリトン。
 俗に言う、尾てい骨直下型の。
 耳元で話すには、殺人的な。

 声で。

「好きだよ。」








 一瞬の後。

 先程まで真っ赤だった顔色を、ざぁっと青くして、紫は黙った。







 特機特課〇班班長・安居 明良が、新しく部下になった森 弘貴(モリ ヒロタカ)を連れて戻った時。
 そこには、明後日の方へ視線を飛ばす伊澤 拡(イザワ ヒロム)と、呆れた顔の黄と榮、側から見てこの上なく上機嫌な、そして珍しく実際にも上機嫌らしい玄、やっと仮眠から起きてきた、何故か真っ青な顔で机に肘を付き頭を抱える紫、が居た。

「あー……。何かあったのか?」

「訊かないで下さい。お願いします。」

「――そうか……」








「班長、俺の紹介は――」

「ああ、スマン。皆。新人の森 弘貴だ。歳はー……幾つだったかな。」

「今年で18になりました。」

「だ、そうだ。尾幡、歳も一つ二つしか違わんし、色々教えてやってくれ。」

「はい。判りました。」

 弘貴に、一番扉に近い席に座るように言って、明良は自分の席についた。
 そこで、ふと、弘貴の様子が少し可笑しい事に気が付いた。
 まるで、何かを恐がっているような、そんな感じだ。
 何事かと、室内を見回す。

「……峰月、怯えてるから森を睨むな。」

「どうしてそこで、紫に頼むのかな?」

 絶対零度の微笑み再び。











 明良は無言で、机の引き出しから常備している漢方薬を取り出した。

 胃に効くヤツを。






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